東京高等裁判所 昭和48年(う)1398号 判決 1974年7月31日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
ただし、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。
原審および当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、検察官が提出した東京地方検察庁検事伊藤栄樹名義および弁護人山崎素男の各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これらに対する答弁は、弁護人山崎素男および東京高等検察庁検事安西温の各答弁書に記載されたとおりであるから、それぞれこれを引用し、これらに対し次のとおり判断する。
検察官の控訴趣意第一(法令の解釈適用の誤りの主張)について
論旨は要するに、原判決が、本件公訴事実中兇器準備集合罪に関する訴因について、共謀による共同正犯の成立を否定し、被告人につき同罪の幇助犯と認定したのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。
よつて検察官の右所論にかんがみ、原判決文を検討すると、いわゆる米ソ両大使館襲撃事件の公訴事実(昭和四六年四月三日付起訴状記載のもの)につき、原判決は、兇器準備集合以外の各訴因についてはいずれも共謀共同正犯の成立を認めたが、「被告人は、村井こと田代隆ほか数名と共謀のうえ、第一、勝原陽児ほか一名において、1昭和四四年九月三日午後九時四八分ころ、東京都港区赤坂一丁目一〇番所在の在日アメリカ合衆国大使館付近路上において、同大使館の財産および警察官の身体等に危害を加える目的をもつて、火炎びん数本を所持し、もつて他人の財産・身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し、第二寺岡恒一ほか一名において、1 前同日午後九時四八分ころ、同都港区麻布狸穴町一番地所在の在日ソヴイエト社会主義共和国連邦大使館付近路上において、同大使館の財産等に危害を加える目的をもつて、前同様の火炎びん数本を所持し、もつて他人の財産、身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し」たとの各兇器準備集合の共同正犯の訴因に対しては、原判決は、第二の一、(一)、(二)として、勝原陽児、渡辺道夫において前記米国大使館付近路上において、また寺岡恒一、東条孝市において前記ソ連大使館付近路上において、いずれも共同加害の目的で兇器を準備して集合したものであることを認めながら、第二の二として、「被告人は、前同日午後八時ころ、同都港区港四丁目五番七号東京水産大学朋鷹寮において、右(一)、(二)の各犯行の用に供せしむる意図をもつて兇器である火炎びんの製造を勝原陽児に指示し、よつて同人をして右各犯行の用に供された火炎びん一二本位を作成せしめ、もつて右各犯行を容易ならしめてこれを幇助し」たと認定して、兇器準備集合罪について、共謀による共同正犯の成立を排斥し、更に被告人につき、同罪の幇助犯と認定した理由について、原判決は、同罪の(幇助犯と認定した理由)なる項の中で、被告人が本件各兇器準備集合の「犯行前数日の間になされた東京水産大学朋鷹寮での共謀に参画すると共に、勝原、寺岡らの前掲犯行の用に供せしめる目的をもつて、同人らと意を通じたうえ兇器である火炎びんの製造を勝原らに指示したものである。」との事実を認定しながら、「自らは勝原ら及び寺岡らが、それぞれ兇器を準備して集合した米国大使館付近路上及びソ連大使館付近路上には赴いていない事実が認められる。」としたうえ、「そこで刑法二〇八条の二第一項の兇器準備集合罪の要件について按ずるに、共同加害の目的に関しては広く共同正犯と認められる型態によつて加害行為をなす目的があれば足りると解するにしても、実行行為の点については少くとも、二人以上の者が他人の生命・身体・財産に対し兇器を使用して害を加える目的をもつて一定の時刻に一定の場所に集つたという構成要件的状況下において、自らもその集合体に参加するという行為に及ぶことを要すると解するのが相当であり、実行の相談を目的として集合したに止まる場合は、右の構成要件的状況を欠如するものであつて、右法条にはいまだ該当しないというべきである。」との判断を示し、続いて被告人の所為は、「いまだ兇器準備集合罪の共同正犯には該当せず、幇助犯と認めるのが相当である。」と結論づけて、被告人に対し兇器準備集合罪の共同正犯を排斥し、軽い幇助犯を肯定しているのである。すなわち原判決は、右のように、被告人が寺岡恒一らによる兇器準備集合の各犯行前数日の間になされた東京水産大学朋鷹寮における共謀に参画したと判示し、本件兇器準備集合罪を含む建造物侵入、放火等の各犯罪の実行について、被告人が共謀した事実を認めながら、兇器準備集合罪についてのみ幇助犯と認定し、本件各兇器準備集合についての謀議と同一機会に行われた同一の謀議に基づくその余の公務執行妨害、傷害、放火未遂、建造物侵入未遂、放火予備の各罪については被告人に対し共謀による共同正犯の成立を肯定し、その各共謀の点につき刑法第六〇条を適用していることが判文上明らかである。
そこで本件につき兇器準備集合罪の共同正犯を排斥し、同罪の幇助犯の成立を肯定した原審の判断の当否につき考察する。先ず記録によると、原判決は、いわゆるソ連大使館襲撃事件につき、実行正犯である寺岡恒一、東条孝市の両名が加害の目的をもつて火炎びんを携え同大使館へ接近したという一個の行為について、被告人が右両名との同一機会における謀議に参画したことに関する罪責に対し、放火予備罪については共謀共同正犯と、兇器準備集合罪については幇助犯とそれぞれ認定するというように相異なる評価をしたうえ、右両罪が観念的競合の関係にあるとの判断のもとに、刑法第五四条第一項前段を適用していることが明らかであるが、しかし同一機会における同一の謀議に基づき同一機会に行われた数個の犯罪につき、実行行為に加わらなかつた共同謀議に参画した者の刑責を問ううえで、右の謀議に関して、ある罪に対する関係では共謀共同正犯の成立要件を充足するものとし、他の罪に対する関係では幇助犯にとどまるとする解釈は、その両者の罪につき本質的に相異なる評価をしなければならないという合理的理由のない限り、論理的に矛盾があるものというべきである。ところで、刑法第二〇八条の二第一項の兇器準備集合罪(以下、本罪ということがある。)における「共同シテ」という要件は、構成要件たる行為そのものに関する要件ではなく、目的の内容たる加害行為に関するものであり、広く共同正犯と認められる型態によつて、加害行為をなす目的があれば足り、その加害行為を現場において共同して行なう目的は必要としないと解すべきであるから、本罪は共謀共同正犯の形をとる場合をも含む趣旨であると解するのが相当である。もとよりこ場合、右共謀の内容、謀議における犯人自身の地位、分担、役割等に徴し、共謀共同正犯の成立に必要な謀議に参加した事実が認められなければならないことは当然であり、この事実が認められる以上、たとえ当該犯人がその集合体に参加しなかつたとしても、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行なつたという意味において、共同正犯の刑責を負うべきものである。そして本件の場合、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は本件米ソ両大使館の襲撃を計画した反戦学生戦闘団の副議長の地位にあつて、昭和四四年八月三一日に川崎市内の川崎市民会館において、「京浜地区文学研究会」なる名目で約四〇名ないし五〇名が集まつて開かれた京浜労働者反戦団と右学生戦闘団との愛知(外相)訪米・訪ソ阻止集会に出席して、司令者からの指名紹介により、その席上同戦闘団を代表して愛知外相の訪米・訪ソ阻止の実力闘争を断固として闘い抜かなければならない旨のアジ演説を行い、同日の集会で愛知外相訪米訪ソ阻止行動の決死隊の参加者約一〇名が希望申し出によつて選ばれ、決死隊員らによつて同日夜火炎びんによる襲撃の場所とされた羽田空港の下見がなされた後の集合場所(新丸子)について、被告人が決死隊員らに教示していること、次いで同年九月一日の夜および翌二日の朝から昼すぎころまでにわたつて被告人の居室であつた東京水産大学朋鷹寮三〇五号室で開かれた羽田空港襲撃についての決死隊員らによる会合に被告人はいずれも出席し、その際攻撃の目標に本件米ソ両大使館をも加える旨の変更がなされたこと、そして同月二日午後右朋鷹寮三〇五号室で火炎びんを製造する際、被告人は田代隆を呼び出して、同人に被告人の右居室で火炎びんを製造するように指示し、同日夜右田代の指導のもとに渡辺道夫らとともに火炎びん約四〇本の製造にあたり、被告人自らもその製造に加担し、同夜右田代らが行つた火炎びんの燃焼時間などの効果確認のための実験の結果の報告を受けていること、また同月三日朝右朋鷹寮の付近に機動隊員の姿などを認めるや機動隊員による自己の居室などの捜索による火炎びんなどの発見、ひいては本件米ソ両大使館襲撃の各犯行計画の露見をおそれ、被告人の指示により、寺岡恒一らとともに一旦製造した火炎びんの中味を水洗便所などに放流し、ガソリンの臭いのするびん、バケツなどを洗剤で洗い、ボロ切れをゴミ箱に捨てるなどの証拠隠滅工作をなしたこと、そして同日昼ころ前記田代隆を再び被告人の居室である前記朋鷹寮三〇五号室に呼び寄せ、第二回目の火炎びん製造を命じ、更に同日夕刻ごろ五反田文化会館で開かれていた青年共産同盟と京浜安保共闘との集会に出席し、指名されて本件に関するアジ演説をしたのち、同会館から右田代隆の自動車に火炎びん製造に使用するためのガソリンを積載させて前記明鷹寮三〇五号室に戻り、同室にいた勝原陽児に対し、米ソ両大使館襲撃用の火炎びんを作るように命じて、右勝原に火炎びん十数本を製造させていること、更に本件犯行当夜ソ連大使館襲撃担当の決死隊員寺岡恒一、同東条孝市を途中において激励したほか、米国大使館襲撃担当の決死隊員勝原陽児、同渡辺道夫がその犯行実行のため、右朋鷹寮を出発するに際し、同寮において右両名を激励して送り出していることをそれぞれ肯認することができるのであつて、以上認定の諸事実に徴すれば、本件共謀における被告人の役割は、原判決が(判示第二の幇助犯と認定した理由)の項中に摘示しているような実行行為者である勝原、寺岡らと意を通じたうえ、単に火炎びんの製造を右勝原らに指示したにとどまるものではなく、被告人は本件事前謀議にむしろ主謀者として参画して、犯罪実行の中心的役割を果していたものであり、自己の仲間である右勝原、寺岡らが米ソ両大使館を火炎びんをもつて襲撃するため、右両大使館付近路上に右火炎びんを所持して集合するにつき、他の者と謀議したことが明らかであるから、被告人自身は、勝原らおよび寺岡らがそれぞれ兇器を準備して集合した米ソ両大使館付近路上には赴かなかつたとしても、本罪に関する前記のような説示に照らせば、被告人の所為は、原判決の説示、認定するような単なる幇助犯にとどまるものではなく、当然共謀共同正犯の理論により、兇器準備集合罪の共同正犯に該当すると解するのが相当であつて、共同正犯の刑責を問うことは少しも不合理ではなく、その他に兇器準備隼合罪についてとくに共謀共同正犯の適用を排除する合理的理由はないものというべきである。
してみれば、被告人に関する兇器準備集合罪の事実につき、共謀による共同正犯の成立を認めず、被告人自身が集合体に参加しなかつたという事実をとらえ、単に同罪の幇助犯が成立するに過ぎないとし、刑法第六二条第一項を適用処断した原審の判断は、刑法第二〇八条の二第一項および刑法総則たる同法第六〇条の各解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。そして原判決は、右の幇助犯と放火予備とを観念的競合の関係にあるものとして、重い放火予備罪の刑で処断することとし、更に右の罪と公務執行妨害などの各罪とを刑法第四五条前段の併合罪として、同法第四七条、第一〇条を適用処断しているから、結局原判決は全部破棄を免れない。検察官の右論旨は理由がある。
(なお弁護人は答弁書において、本件においては、被告人が共謀に参画した事実自体が存在しないから、この点に関する検察官の主張は、本件については無用の議論であると主張するが、前記説示のとおり被告人は本件兇器準備集合の犯行の謀議に参画したものと認められるのであるから、弁護人の右主張は失当というのほかはない。)
弁護人の控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について
なるほど記録上、田代隆が原審において証人として喚問されたのは昭和四六年一二月一四日であり、同人の検察官調書が作成されたのは同年三月一日、同月四日、同月一〇日であることが認められるので、本件各行為がなされた時から最初の検察官調書が作成されるまで、すでに約一年六か月の期間が経過していることが窺えるが、しかし右田代の検察官調書が所論のように記憶に基づかずに検察官の誘導によつて作成されたものであると認めうる資料はなく(なお同人は原審、当審各公判において、同人の検察官調書が作成された時には、事件に対する記憶は殆どなかつた旨論旨に沿うような供述をしているが、この点に関する同人の各公判供述はいずれもにわかに信用できない。)、また同人の検察官調書については、同人の原審公判における証言と比較し、右証言が曖昧であつて到底信用しがたいものであるのに対比して、前者は相当詳細に本件当時における同人および被告人ならびに他の仲間らの行動について供述しているものであつて、その供述内容を全体的に観察するときは、十分に首肯するに値するものであり、とくにいわゆる信用すべき特別の情況が存することを認めるについて妨げとなるものは見あたらないので、同人の検察官調書(三通)はいずれも刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の要件を満たしているということができる。従つて右各調書は証拠能力を有するものとして、同条項により証拠として採用しうるものであるから、これらの調書を証拠として採用し、事実認定に供した原判決には、何ら所論のような訴訟手続の法令違反は存しない。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反もしくは事実誤認の主張)について
よつて原判決文を調査すると原判決は(証拠の標目)中に証人勝原陽児の原審公判における供述および同人の検察官調書(六通)を掲げながら証人渡辺道夫の原審公判における供述を掲げていないのであるから、原判決は所論も認めるとおり、右勝原の検察官調書(および同人の原審公判供述)を事実認定に供しながら、右渡辺の原審公判供述を排斥しているのである。しかし全体的にみて、右渡辺の原審公判供述よりも、勝原の検察官調書および同人の原審公判供述が信用しうるに足るものであることは、前記田代隆の各検察官調書の供述内容などと対比してみても明らかであつて(この点は更に当審における事実取調の結果ことに当審証人浜崎和夫の公判証言などによつてみても、右証拠の評価に誤りはない。)、所論のように右勝原の供述が事実に反し、証拠価値のないものであり、一方渡辺の供述が他の証拠によつても裏付けられる証拠価値の高いものであるなどとは到底いえない。そして証拠の取捨選択についての判断は原審の専権に属するところであるから、原審が勝原の前記各供述を証拠として採用し、これに反する渡辺の公判供述を排斥したからといつて、所論のように原判決が明らかに証拠の評価を誤り、自由心証主義の合理的な限界を超え、証拠裁判主義を規定した刑事訴訟法第三一七条に違反するものとはいえない。従つて原審が勝原の前記各供述を証拠価値があるものとして、同人の供述どおりの事実認定をして、被告人に兇器準備集合罪(ただし原判決は同罪の幇助犯と認定しているが、同罪の共同正犯と認むべきことは前記説示のとおりである。)としての責任を問うたのは正当であつて、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反もなければ、事実の誤認もない。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第三点(原判示第一に関する事実の誤認もしくは法令適用の誤りの主張)について
しかし原判決挙示の関係証拠によれば、原判示第一の事実、すなわち被告人が寺岡恒一ほか数名と共謀のうえ、一、の公務執行妨害、傷害、放火未遂、建造物侵入未遂ならびに二、の放火予備の各犯行に及んだ事実を肯認するに十分であり、とくに被告人がその事前謀議に参画し、共同正犯としての刑責を負うべきことは、検察官の控訴趣意第一に対する判断において説示したところから明らかであつて、記録を調査し、かつ当審における事実取調の結果を参酌しても、右判断を左右するに足りない。所論中、被告人は、昭和四四年八月三一日から同年九月二日午前まで、決死隊員が「謀議」を重ね、最終的に米ソ両大使館を襲撃することの合意に達し、実行担当者を決定するまでの一連の謀議には全く関与していないし、また右の合意成立後の被告人の行動を検討しても、この合意にその後加わつた形跡は全くなく、被告人が前記勝原らによる米ソ両大使館に対する襲撃を知つたのは、決死隊員の間でこのことがすでに決定され、まさに実行に移されようとした時であり、更に被告人と実行行為者との関係も、被告人がその実行行為者らを指導するような立場になかつたとの主張については、右各所論に沿うような被告人および浜崎和夫の原審、当審各公判供述部分ならびに渡辺道夫の原審公判証言部分は前記各証拠と対比していずれもにわかに信用しがたいところであつて、採用できない。しからば前記第一の各事実につき、被告人を共謀による共同正犯と認定した原審の判断は正当として是認すべきであり、原判決には所論のような事実の誤認もしくは法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
よつて検察官の量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、本件について更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
原判決の認定した(罪となるべき事実)のうち、第二の一、(一)、(二)および二を第二として、次のように変更して認定するほかは、第一の一、二および第三については、原判決と同一であるから、これを引用する。
第二、被告人は前記第一冒頭掲記と同様の企図をもつて、寺岡恒一ほか数名と共謀のうえ
一、勝原陽児、渡辺道夫において、昭和四四年九月三日午後九時四八分ころ、前記米国大使館付近路上において、共同して同大使館の財産および警察官の身体等に危害を加える目的をもつて兇器である火炎びん数本を所持し、もつて他人の財産、身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し
二、寺岡恒一、東条孝市において、前同日午後九時四八分ころ、前記ソ連大使館付近路上において、共同して同大使館の財産等に危害を加える目的をもつて兇器である火炎びん数本を所持し、もつて他人の財産、身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し
た。
(証拠の標目)
原判決掲記の各証拠の標目と同一であるから、これを引用する。
(法令の適用)
被告人の判示各所為中、第一の一の公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項、第六〇条に、傷害の点は同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号(刑法第六条、第一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のものを適用、罰金等臨時措置法の適用については以下同じ。)、刑法第六〇条に、放火未遂の点は同法第一一二条、第一〇八条、第六〇条に、建造物侵入未遂の点は同法第一三二条、第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条に、第一の二の放火予備の点は同法第一一三条(第一〇八条)、第六〇条に、第二の一、二の各兇器準備集合の点は各同法第二〇八条ノ二第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条に、第三の犯人隠避の点は同法第一〇三条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に各該当するところ、右第一の一の公務執行妨害と傷害ならびに第一の二の放火予備と第二の二の兇器準備集合とは、いずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、それぞれ一罪として、前者については重い傷害罪の刑で、後者については犯情の重いと認める兇器準備集合罪の刑で処断すべく、以上の各罪については、所定刑中いずれも懲役刑(ただし放火未遂罪については有期懲役刑)を選択し、第一の一の米国大使館に対する放火および建造物侵入の点はいずれも未遂であるから、各同法第四三条本文、第六八条第三号によりそれぞれ法律上の減軽をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により最も重い傷害罪の刑に法定の加重をした(ただし短期については減軽された放火未遂罪の刑のそれによる。)刑期の範囲内において被告人の処断すべきところ、本件各犯行の罪質、動機、態様、ことに本件のうち米ソ両大使館襲撃事件については、国際法上我が国との互恵関係のうえに築かれた二大国の外交使節団が執務する公館たる施設ならびに同公館に居住する外国人に対し火炎びん等を用いて不法な攻撃を加えた国際信義にも反く重大な犯罪行為であり、国際社会における我が国の信用を失墜させた悪質な犯行というべきであり、更に本件は度重なる謀議を重ね、組織の者らによつて敢行された計画的犯行であること、従来の被告人の組織内での地位ならびに活動経歴、すなわち被告人はかつて日本共産党革命左派神奈川県委員会に所属し、そのさん下の青年共産同盟の同盟員として、その大衆組織の一つである反戦学生戦闘団の副議長の地位にあつたもので、しかも本件は右学生戦闘団が中心となり、右共産同盟さん下の京浜労働者反戦団所属の労働者も加わつてなされた犯行の一環として敢行されたもので、被告人が決死隊員に加わらなかつたのは、組織の温存、建直しの任務を果たすという目的があつたからであつて、被告人が原審、当審各公判において供述しているような、被告人の父親の心臓手術に立会う必要からでは必らずしもなかつたとみられうること、また被告人は右組織のリーダーとして、仲間ないしは同志との連絡もしくは協議の場所として、自己の居住する東京水産大学朋鷹寮三〇五号室を利用していたものであり、更に前記認定説示したような本件各犯行に至るまでの間にとつたと認められる被告人の言動などからして、被告人は積極的に本件に加功したものとみられうるし、また自己の居室であつた右朋鷹寮三〇五号室を本件各犯行の実行計画の準備等の場所に使用していたものと窺えること(なお被告人が謀議に参加するに至つた経緯については、原判決がいうように、被告人が当時居住していた前記朋鷹寮三〇五号室が被告人が関知しない間に実行正犯者らによつて謀議の場として選ばれたことによるいわば受動的立場における偶然によるものであつて、普通にみられる主犯格の者が謀議をこらし、配下の者に実行々為を分担遂行せしめるといつた型態のものではないなどとは到底いえない。)、また第三の犯行についても、被告人が隠避した坂口弘は悪質な指名手配されていた重罪犯人であつて、被告人も十分これを承知して同人と直接接触し、同人の逃走を容易ならしめるうえに必要な資金を提供しているもので、その犯情も悪質であるとみられること(なおこの点も原判決がいうように、受動的な立場において行動しているとは必らずしもいえない。)等に徴すれば、被告人の刑責は決して軽視を許されないものといわなければならない。しかし他面、本件各犯行は個人的利益を目的としたものではないこと、被告人はなんらの前科を有しないこと、また原判決も指摘しているとおり、被告人は本件各犯行後の昭和四六年暮ころから、いわゆる京浜安保共闘の活動のあり方に疑義を抱き、右共闘が赤軍派と連合した後はこれと訣別を決意し、その組織を離れるに至つたこと、本件後被告人は在学中であつた東京水産大学から放校処分を受けていること、原審において保釈後被告人は一旦妻明子が身を寄せていた同女の実家である愛媛県宇和島市の宮川季彦方に身を寄せたうえ、その後間もなく山口県下関市に居住する母京谷愛子の許に帰り、同市内の材木店に勤務していたが、その後右宮川季彦方にあつて病気療養中であつた妻明子が、在学中のお茶の水女子大学に復学のため、昭和四八年二月上京したのに伴つて被告人も上京し、一時職に就いたのち、更に原判決後の同年六月城西ハワイ観光株式会社に入社し、爾来同社の社員として平凡な市民生活を送つており、その後昭和四九年六月女児が産まれたが、前記組織との接触はなく、再び本件のような犯行に出るおそれはないものと認められること、その他記録ならびに当審における事実取調の結果によつて認められる被告人に有利な諸事情をも参酌したうえ、被告人を懲役三年に処し、前記情状に鑑み、被告人に対し刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二五条第一項第一号によりこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(なお被告人の本件控訴は前記のように理由がないが、本件は検察官、被告人の双方から控訴の申立があつたものであつて、検察官の控訴だけを理由があるとして、原判決を破棄するのであるが、この場合主文に被告人の本件控訴を棄却する旨の表示をすべきでないことは、昭和四二年一一月二八日最高裁判所第三小法廷決定(刑集二一巻九号一、二九九頁)の趣旨に照らし明らかであるから、とくに主文において右の言渡をしない。)
(石田一郎 菅間英男 柳原嘉藤)